平賀敬美術館に行ってきました
平賀敬美術館に行ってきました。箱根登山鉄道の箱根湯本駅から歩いて10分くらい。橋を渡ったところにある有名なお蕎麦屋さんはつ花や老舗旅館の萬翠楼福住や吉池旅館などがある方角です。
表通りの喧噪を離れて小道を入っていくと、右手に現れた古い木造の建物に、小さな看板がかかっていました。この看板がなければ、ここが美術館とは気が付かなかったことでしょう。玄関の引き戸を開けると、正面にいかにも怪しげな絵と、湯飲み茶わんを抱えた奥様に出迎えていただきました。
入り口ではほぼ半強制的に記名をして入館料を払うと、作品が所狭しと飾られている廊下を通って居間に通され、奥様みずからお饅頭とお茶でもてなしていただきました。居間にあるテレビには昔のNHKの番組のビデオが流れており、山根基世アナウンサーが平賀敬さんにインタビューをしていました。このビデオは、お茶を飲みながらぼんやり見ていてはいけないようです。後で、ちゃんと見ていたのか、話を聞いていたのか、奥様にチェックされてしまいました。
廊下には一枚、他の絵とは異なる雰囲気の絵があり、なんとなく気になりました。奥様にお尋ねすると、20歳のころに描いたものだそうです。当時、平賀敬さんは立教大学の経済学部で学んでいたそうですが、松本峻介が大好きだったそうで、その影響を強く受けていたそうです(ご本人のエッセイ)。確か、松本峻介が戦争中に描いた街の絵には、何か意味ありげな大八車が繰り返し出てきたような記憶がよみがえりました(世田谷美術館、松本峻介展)。戦争の逆境の中で絵を描き続けた松本峻介の姿を、そのときの自分の境遇に重ね合わせていたのかもしれませんね。
屋敷の奥まったところにある蔵の中もギャラリーになっていて、なんとも怪しげな絵が並んでいました。居間で拝見したビデオによれば、その一枚は横山大観に敬意を表したものなのだそうです。「敬意を表したものなのですか?」 山根アナウンサーが思わず念を押した気持ちがなんとなくわかるような気がしました。
若いときの松本峻介風の画風が、その後どうして、こんなにまで変化してしまったのでしょうか? 本当に不思議です。あれもこれも、何もかもが不思議不思議の平賀敬美術館でした。
なお、平賀敬美術館では、別料金ですが温泉(100%源泉かけ流し)に入ることもできるそうです。これも不思議ですね。



