沖元かおる展–愚者と狩猟者–に行ってきました

沖元かおる展–愚者と狩猟者–を見に、gallery iに行ってきました。昨年の7月は、たまたま沖元さんの個展に立ち寄ったのですが、今回は、沖元さんから直接案内状が届いたので、どんな作品を見れるか、とても楽しみにしてうかがいました。

地下鉄有楽町線の新富町駅の1番出口を出て中央区役所の前を通り、半地下式の首都高速の上を渡ってしばらくいくと、道の左手にgallery i の看板が見えてきました。

Kaoru_Okimoto_2-1 個展会場の入口

看板の横の階段を2階に上がり、展示室の入口扉を開けると、沖元さんご本人が出迎えてくださいました。展示室は細長い形をしていて、窓からは自然の光が射しこんでおり、窓に近い壁一面を使って、インスタレーション風の大きな作品が展示されていました。

Kaoru_Okimoto_2-2 壁一面の作品

縦長のベニヤ板の上に直接、等身大のバイオリン奏者が黒一色で描かれています。バイオリン奏者は挑戦的とも見える鋭いまなざしでこちらを見ており、そのまわりを色とりどりの色彩の紙がちりばめられています。今、まさにバイオリンの音色が周囲に飛び出してきたかのようです。

沖元さんは、画材や技法に対して、あまりこだわりがないように見えます。それよりも、まずは、表現すべき何かが、どんどん先行していくようです。その迫力に、見る者は、ぐいぐいと作品の中に引き込まれてしまいます。

Kaoru_Okimoto_2-3 SPAIN

このバイオリン奏者は、毎週週末になると、井の頭公園で演奏されているとのこと。沖元さんは、このバイオリン奏者をモデルに絵の制作を続けているそうです。展示室には、この奏者が演奏するバイオリンの曲が流れていました。また、それぞれの絵のタイトルは、演奏の曲目からとっているようです。

Kaoru_Okimoto_2-4 チャルダッシュ

入り口の近くに、今回の展覧会のタイトル愚者と狩猟者について、沖元さんご自身による、手書きの説明がありました。

誰よりも正確に その音をとらえる狩猟者。
そして私達は 見えない道をやみくもに
わけ入ってゆくしかない 愚者ではないのか。

音楽が瞬間、瞬間に消えて行く宿命の芸術だとして、その瞬間を永遠にとどめようと試みるのが、絵画という芸術の宿命なのかもしれません。音楽家と画家の間の、息詰まるような格闘の様子を、私たちは、はらはらしながら、息をのんで見守っている、ということかもしれません。

Kaoru_Okimoto_2-5 HAKKA

今回の個展では、何点か抽象画も発表されていました。いくつかの作品を見比べると、具象から抽象への発展プロセスが、手にとるように伝わってくるように感じられました。

沖元さんの絵画を拝見するたびに、果たしてをちゃんと生きているのか?、しかないことを忘れていないか?と自問している自分に気が付かされるようです。