WINTER COLORS (冬の色)を読みました

今回は、絵画に関する小説をご紹介します。Joseph Polack作のWINTER COLORSというタイトルの小説(英語版)です。

この小説には、画家とそのモデルの関係が描かれています。

ヨーロッパ出身で、香港の大学で絵を教えている中年の画家が、主人公です。絵の才能が枯渇してきたと感じていたのですが、中国出身の若い少女をモデルに描くことで、色の感覚が呼び覚まされ、その結果、絵が高く売れるようになります。

画家が、自身の過去を回想するシーンがあります。彼は、東欧出身で、17才のとき、単独雪山を越えてウィーンに入りました。ウィーンでは、お金も身寄りもないのですが、絵の才能を活かして何とか生き延び、パリ、ロンドンへと移り住みます。ロンドンでは、Malenaという若い水彩画の先生に手ほどきを受け、彼女の勧めで公募展に応募したところ、その賞品は芸術大学での奨学金でした。本名はTomasz Adamskiなのですが、ロンドンでは英国風のTom Adamsと名のることになります。高校の卒業証明書もないままでオックスフォードのラスキン大学の入学が認められます。シュールレアリスムの絵画が認められ、やがて香港で絵画を教える教授となりました。

一方、モデルの若い少女は、中国本土出身で、生まれる前に父親を亡くし、祖父母のもとで育てられます。その後、香港に密航し、香港-マカオ間のフェリーの上のレストランでウェイトレスをしていましたが、解雇されたのをきっかけにして、画家の家に住みつきます。画家が趣味の釣りで、たまたまフグを釣り上げてしまったとき、すかさず少女はその場でポケットナイフを使ってフグの毒を取り除き、その場で食べてしまう、というようなワイルドな側面をもっています。彼女も、本名Lin Nao Mingから、大学の偽造学生証ではLin Naomiという名前に変えられてしまいます。(そういえば、谷崎潤一郎の痴人の愛の英訳版のタイトルもNaomiでした)

この小説の作者、Joseph Polack(こちらも、ペンネームであり、本名ではありません)も、出身は東欧なのですが、冷戦時代に祖国を追われ、現在の国籍はスェーデン、住所は鎌倉市という、複雑な経歴の持ち主です。この小説の主要な登場人物である画家とそのモデルが、自らの意思で国境を越えて生きることを選択したという設定であることと、このような作者自身の経歴との間には、何か関係がありそうです。また、国境の壁を容易に越えることができる、絵画という芸術をモチーフに選んだことも、作者の経歴と無関係ではなさそうです。ヨーロッパ出身の画家が、中国本土出身のモデルからインスピレーションを受け取るという主題は、もしかすると、作者の実経験に裏付けられたある種の信念の、比喩的表現なのかもしれません。

少女が竹でできた笛を吹くかたわらで、画家はマホガニー製の絵筆を使って絵を描くシーンがでできます。竹とマホガニーという素材の差が、東洋と西洋の文化の違いを際立たせています。少女が奏でるエキゾチックな音色が、画家の色の選択に影響を与えます。このシーンを読みながら、週末になると井の頭公園でバイオリンで演奏する音楽家を描き続ける画家、沖元かおるさんを思い浮かべました。

WinterColors_Cover The cover of WINTER COLORS illustrated by Malena Stojic

ところで、小説の表紙には、髪の毛が一部金色に輝いているモデルの横顔を描いたイラストが使われています。ページをめくると、裏表紙の説明には、表紙デザインMalena Stojicとあります。一方、小説の中にも、同じ名前のMalena Stojicという女性が登場しているのです。小説の中では、画家が20代のとき、ロンドンで水彩画の手ほどきを受けた若い女性がMalenaで、画家はこのセルビア出身のアーティストMalenaを深く愛していた、という設定です。 ここでも、はからずも先に国境を越えて生きる人物が、後から国境を越えてきた人物を手助けするというモチーフが、さりげなく繰り返されていることに気が付きます。

この女性には、実在のモデルがいるようです。実名はManya Stojicという方で、セルビア出身でロンドン在住、日本でもあめ!という絵本(マニャ ストイッチュ作となっています)が出版されています。この絵本が、2000年にThe New York Timesが選んだ子供の本10冊に選ばれた、ということも小説の中の記載と一致しています。この絵本では、あるとき、アフリカのサバンナに雨が降り出します。すると、サバンナに住む、サルやライオン、シマウマ、サイ、ハリネズミたちは、乾季の終わりを知り、雨がもたらす恵みを喜びます。雨や日照りなど、自然現象の前では、人種や国境など関係ない、とも受け取ることができます。そこには、WINTER COLORSとも通ずるメッセージが込められているようです。

よくできた一枚の絵が、いろいろな見方で、いろいろな楽しみ方できるように、よくできた小説も、いろいろな見方で、いろいろな楽しみ方ができるのかもしれません。